「慶應−川崎エイジング・スタディ」研究代表
慶應義塾大学教授 高山 緑
秋空が高く澄み渡り、秋の訪れを感じる季節となりました。皆様におかれましては、益々ご壮健のこととお喜び申し上げます。
本日は、慶應−川崎エイジング・スタディ(The Keio-Kawasaki Aging Study)のニュースレター「K2スタディだより」第9号をお届けいたします。
コロナウイルス感染症が拡大し、3年目に入りました。夏には第7波もあり、私たちは今しばらく、感染予防を心がけなければなりません。一方で、少しずつコロナ前の日常生活も取り戻しています。今回は、そのような中で、外に出て自然に触れたり、お気に入りの場所に出かけたりすることの大切さを、調査結果を交えてお伝えいたします。日々の生活のヒントになりましたら幸いです。また石岡先生、菅原先生の近況報告もあります。最後までお楽しみください。
末筆になりますが、皆様と、皆様の大切な方々のご健康とご多幸を心より祈念しております。
街中の自然と住み心地
皆さまが現在お住まいの街や地域の住み心地は、いかがですか?
お住まいやその周囲の地域は、私たちが多くの時間を過ごす生活の基盤であり、その住み心地のよさは私たちの暮らしに大きな影響を持っています。そこで今回のK2スタディだよりでは、お住まいの地域に注目することにしました。
近隣・地域の住み心地とは
地域の住み心地は、主に次の三点で調べられてきました。一つめは、自宅、公共の建物、道路などの建造物が安全で使いやすいか、便利か、という点です。二つめは、いわゆる公害や環境破壊など、住んでいる土地、水、大気などが損なわれていないか、騒音や汚染などの問題が生じていないか、という点です。三つめは、地域の人々の間に挨拶をしあったり支えあったりするような関係があるか、必要な生活サービスが提供されていて、それらのサービスが使いやすいか、といった点です。
これら三つの点はどれも大切であり、それぞれに満足できるかは、私たちの生活の質や満足感に大きな影響をもたらすことが知られています。
これら三点に加えて「家の周りや街の中にある自然・緑・空間」が豊かであるかも、住み心地を左右するものと考えられます。特にこの2、3年は、コロナ禍で家や近隣で過ごす時間が増えたことで、身近な自然や緑の効果が見直されています。例えばアメリカ合衆国に暮らす50歳から80歳を対象に、2020年のコロナ禍による行動制限中に行われた調査によると、自宅に庭やバルコニー等がある、窓の外に緑がみえる、あるいは近所に自然や緑と親しめる空間があるところにお住まいの人ほど、孤独を感じる程度が低かったそうです。
皆さまも、窓からみえる草木に季節を感じたり、散歩の途中で立ち寄る公園や神社の緑にホッとするような経験がおありではないでしょうか。
K2スタディのインタビュー調査の結果から
街の中の自然が住み心地の良さを高める可能性は、K2スタディのインタビュー調査の結果にも示されています(平成29年度、中原区在住の16名の方を対象に実施)。このインタビューでは、お住まいの地域の居心地の良さを感じる時は、どのような時かを尋ねました。その結果、公園や遊歩道などの街中にある自然が、地域への親しみや愛着を高める傾向が示されました。
しかし、街中にある自然や緑などの空間が高齢期の心の健康とどのような関係にあるかは、詳しくわかっていません。私たちK2スタディの研究メンバーも、このインタビューを通じて、あらためて街中の自然や緑に着目しました。ごく近所に自然や緑があることで、どのような効用があるのか今後も注目していきたいと考えています。
インタビューで語られた街中の自然や緑
- 田舎育ちのため、川が親しく恋しい。毎日川の周りを歩いている。子どもが川で遊んでいると地域だと感じる。(80代男性)
- 近所の川沿い散歩道があり、すばらしいところだと思う。知らない人でも公園の掃除をしてくださり感謝している。(70代女性)
- 公園でラジオ体操をすると、3、4人で座って10分ぐらい雑談することもある。(80代男性)
- 楽器を公園で練習していると、いろいろな人が集まってくる(80代男性)
- (東京方面から川崎市へ)川を越えるとほっとする。(70代男性)
お気に入りの景色や懐かしい風景の効用
皆さまのお住まいの地域に、お気に入りの景色がありますか?子どもの頃の思い出につながる、懐かしい風景はありますか?平成30年のアンケート調査ではこんな質問をさせていただきました。「風景・景色」に関する何気ない質問です。しかし、お気に入りの景色や懐かしい風景があることで思わぬ効用があることがわかりました。1つは日々の暮らしの満足感を上げること、そしてもう1つは、健やかな認知機能を保つことです。このことは、コロナ前の日本老年社会科学会(第60回、61回大会)で報告しましたが、今回、ニュースレターでも紹介させていただきます。
お気に入りの景色や懐かしい風景には、街中の自然や緑地、公園、川、神社の境内や昭和レトロな建物など、様々なものがあります。生活している地域で懐かしい景色やお気に入りの風景があると、地域への愛着が高められます。そして地域への愛着が高まると日々の生活満足度も高められる効果があることがわかりました。自分の好きなものが身近にあることは嬉しいものですが、景色にも同じ効用があるようです。
また、お気に入りの景色や懐かしい風景があることは認知機能を良好に保つ効果があることもわかりました。そのメカニズムはまだ詳細にはわかっていませんが、自分の好きな風景や景色があると、それを眺めるために外に出かけたり(身体活動)、その場所に行って、写生をしたり、写真を撮ったりと、心が高揚するような活動をしたくなったりします。また、その場で遊んだり、景色を楽しんだりしている人たちと、自然に会話をする機会も生まれてやすくなります。そのような活動が良好な認知機能の保持に効果があるのかもしれません。
また、懐かしい/お気に入りの風景を眺めると、心理的ストレスが低減することが知られています。ストレスは私たちの健康や幸福感を低める作用があります。一方、ホッとする景色を眺めることで心が穏やかになり、ストレスが低減します。それが認知機能を良好に保つことにつながっているのかもしれません。
皆さまのお気に入りの風景はなんですか?ちょっと出かけてみませんか?
近況メッセージ
皆さま、お変わりなくお過ごしでしょうか。私は1月にインドへ引っ越しました。住んでいる場所はインドの北部に位置するため、冬は気温が1桁台と想定以上に寒かったです。一方、5月は40度を超える毎日でした。この辺りは、田んぼが連綿とつらなっています。夏はお米、冬は小麦と二毛作が盛んです。平野部ですが、動物も多く、牛をはじめ、リス、クジャク、ヤギ、ラクダ、色とりどりの鳥などを見かけます。私の所属する大学は、完全な対面授業に戻り、キャンパスは活気づいています。日本に関心の高い学生も多く、インドのことも教えてもらいながら交流を深めています。
(石岡 良子)
私が現在勤めている大学は、埼玉県の狭山市と川越市の境にあります。都心から近いながら、キャンパスの周辺は緑豊かです。最寄り駅から大学までの道沿いには牛舎もあり、のんびりと日向ぼっこをしている牛をみながら通勤しています。同じ「牛のいる風景」といっても、インドとはずいぶん違うだろうと思いますが。また、天気のいい日には秩父多摩の山向こうに大きく富士山が見えます。冬場は富士山を見られる日が多いので、寒くなりますが楽しみです。
(菅原 育子)