「慶應−川崎エイジング・スタディ」研究代表
慶應義塾大学教授 高山 緑
爽秋の候、皆様におかれましてはますますご健勝のほどお喜び申し上げます。
慶應−川崎エイジング・スタディ(The Keio-Kawasaki Aging Study)のニュースレター「K2スタディだより」第4号をお届けいたします。
2015年早春に川崎市中原区で第1回調査を開始してから、3年半がたちました。2015年早春に第1回調査にご協力いただいた皆様に対して、2018年春に最終回となる3回目の調査を実施させていただきました。ご協力いただいた皆様に、心よりお礼申し上げます。
皆様のご理解とご協力のおかげで、本研究は学術、行政など様々な方面からご関心を寄せていただいています。国や慶應義塾大学から、新たな研究助成も受けることとなり、2016年度から調査対象・調査地域を広げてまいりました。2017 年1−2月には川崎市中原区の住民の皆様、2017年2−3月には東京都渋谷区の住民の皆様に新たに調査へご協力をいただき、現在、本調査は世界的にみても貴重な大規模調査へ成長しています。あらためてお礼申し上げます。
本調査は、すべての人が健やかに安心して地域で生活する上で必要なことを明らかにするために取り組んでいます。皆様からいただいたご意見、データをもとに今後、よりいっそう積極的に国内外の学会発表等を通じて、学術界だけではなく、地方行政、国政、世界に向けても情報発信させていただきます。
第4号では、本調査の結果から、「認識する働き」と精神的な健康との関係、近隣の方とのおつきあいと緊急時の支援についてご紹介させていただきます。また、2015年から今年までの学会活動についてご報告いたします。
本調査は今秋、2017年1−2月に初めて調査にご協力いただいた川崎市中原区在住の皆様に、最終回となる第2回アンケート調査を予定しています。貴重なお時間をいただくことになりますが、引き続きご協力をいただけると幸いに存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
また、アンケート調査は今秋でひとまず終了いたしますが、ニュースレターは今後も発行させていただき、皆様にご協力いただいた調査から得られた成果や、高齢社会に関連するニュースのご紹介などをさせていただきたく存じます。ご愛読いただけると幸いです。
末筆になりますが、皆様のご健康とご多幸を祈念しております。
認知心理学の「認知」とは?
「心理学」で扱われるテーマは、多岐にわたります。例えば、昨年、北大路書房から刊行された『シリーズ心理学と仕事』では、人格心理学、教育・学校心理学、交通心理学など、○○心理学と名の付く巻は20種類に及びます。私が携わる研究分野は「認知心理学」と関係が深いため、ここでは「認知心理学」についてご紹介します。
認知心理学は「私たちがものごとを認識するしくみ」を明らかにすることを目的とした学問です。「認知」と聞くこと、「認知症」のことを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれませんが、認知とは認知症のことではありません。認知は、心理学の用語であり、英語では「cognition(コグニション)」、その語源は「知る」「認識する」という意味にあたります。
つまり、「認知」とは「認識」することを意味し、見る、読む、聞く、話す、覚える、考える、判断する、想像することを含んでいます。普段、私たちは「認識するしくみ」に対して関心を持つことは少ないかもしれません。しかし、見間違え、聞き間違え、直感が外れる、勘違い、もの忘れ、し忘れ…といった「認識の誤り」が起こった時は、「認識するしくみ」はどうなっているんだろうと気になり、不安になることもあります。認知心理学では、物事を認識するしくみや特徴、どのような場面や人で「認識の誤り」が起こりやすいのかについて、研究がなされています。
さて、皆さんにご協力いただいているこの調査にも、単語の記憶や計算など「認識する働き」の一面をおうかがいしています。認識する働き具合いには、さまざまな要因が影響すると報告されてきましたが、ここでは、精神的な健康と認識する働きとの関係について分析結果をご紹介します。
図1は、最近2週間リラックスして、明るい気分で過ごしたという精神的健康が良好な方(816名)と、そうではなかった方(199名)の間で、認識する働きの平均得点を比較しています。図1の緑色の棒グラフと黄色の棒グラフの差は大きくはありませんが、精神的健康が良好な方の方が、認識する働きの得点が高い傾向がみられました。
気持ちが落ち着かない時、不安な気持ちの時は、考えを整理することが難しいということはありませんか。良好な気分で過ごすことは、何かを考えたりする働きを保つこととも関係しているようです。
(石岡良子)
頼りになるご近所づきあい:「縦断調査」でわかったこと
この調査では、最も長くご協力いただいている方で、2015年2月の第1回調査から、2018年2月まで、これまで計3回の調査にご協力いただきました。このように、同じ方に複数回にわたって答えていただく調査を「縦断調査」といいます。例えば、時間の経過による暮らし方や考え方の変化がなぜ起きるのかを明らかにしたり、大きな出来事を経験した時にうまく順応できる場合と順応が難しい場合との違いを明らかにするなど、1回だけの調査ではわからないことを「縦断調査」によって解明することができます。
では、3回の調査を通してどのようなことがわかってきたのでしょうか。一つの例として、3回の調査すべてに参加してくださった324名の方の、地域の方々とのおつきあいについてご報告します。
誰でも、急に怪我をしたり体調を崩した時に頼れる人がいるかどうかは、安心した暮らしを営むうえで重要なことです。特に一人暮らしや夫婦のみで暮らす人が増えている現代の日本では、家族や親せき以外でいざという時に頼りになる人が近くにいるかが大きな注目を集めています。
そこで、2018年2月に実施した調査で「急に体調を崩した時や怪我をした時に、病院に連絡するなど手助けしてくれる人がお住まいの地域にいる」かどうかを調べました。すると、324名のうち31%が、近所に「いざという時に手助けしてくれるおつきあいの方がいる」と答えていました。
では、そのようなおつきあいがある人の地域の方々とのつきあいにはどのような特徴があるのでしょうか?分析の結果、3年前の第1回調査の時に「近所に一緒に楽しい時間を過ごす人がいる」「近所の人の心配事や悩み事を聞くことがある」「近所の人のちょっとした手助けをしてあげる人がいる」と答えている人が多いことがわかりました。また、本人の年齢や性別、ご家族と一緒に暮らしているかは、いざという時に手助けしてくれる人がいるかどうかと関わりがないことも明らかになりました。
日頃からご近所の方と交流があり、楽しくおしゃべりをしたり、ちょっとした手助けをしてあげたりしてきた方は、いざ何かあった時にはご近所の方を頼りにできると感じていることが明らかになりました。日ごろのちょっとした挨拶やおしゃべり、小さな心遣いのやりとりが積み重なって、安心できる暮らしが実現されているとも言えます。
(菅原育子)
≪研究結果を発表した国内外の学会発表≫
2018年
- 11月 アメリカ老年学会(ボストン1件(予定))
- 9月 日本心理学会(仙台1件(予定))
- 8月 韓国心理学会(ソウル1件)
2017年
- 12月 教育心理学会公開シンポジウム(東京1件)
- 11月 国際老年学/老年医学会(サンフランシスコ2件)
- 9月 日本心理学会(久留米1件)
- 6月 日本老年社会科学会(名古屋2件)
- 3月 日本発達心理学会(広島2件)
2016年
- 8月 世界麻酔学会(香港1件)
- 7月 国際心理学会(横浜1件)
- 5月 日本発達心理学会(札幌2件)
2015年
- 9月 日本心理学会(名古屋2件)
≪学会での主な発表内容≫
私たちの研究グループでは、家族・友人・近隣の方とのおつきあいや社会参加活動、そしてお住まいの地域環境と、心身の健康・幸福感との関係について発表してきました。
例えば、以下のような議論を深めています:
- ひととのおつきあいは70代、80代になると狭まるイメージがもたれがちですが、日頃から関心を持っていることに思い切って挑戦する(地域の催しに足を運ぶ、何か新しいことを始めるなど)ことで、おつきあいが広がり、豊かになることがあること。
- 外出しやすい環境(歩きやすい歩道や、便利な交通機関など)があり、心豊かになるような地域環境(お気に入りの景色や、外出したくなるような施設があるなど)があること、そして地域の方と交流があることが健やかな心身の健康や認知機能を保つのに大切であること。