The Keio-Kawasaki Aging Study

K2スタディ vol.3

平成29年10月吉日
「慶應−川崎エイジング・スタディ」研究代表
慶應義塾大学教授 高山 緑

爽秋の候、皆様におかれましてはますますご健勝のほどお喜び申し上げます。

慶應−川崎エイジング・スタディ(The Keio-Kawasaki Aging Study)のニュースレター「K2スタディだより」第3号をお届けいたします。

2015年早春に川崎市中原区で第1回調査を開始してから、2年半がたちました。2016年秋には第1回調査にご協力いただいた皆様に対して、2回目の継続調査を実施させていただきました。ご協力いただいた皆様に、心よりお礼申し上げます。またこの間、本研究は多方面からご関心を寄せていただき、国や慶應義塾大学から、あらたな研究助成も受けることとなり、調査地域・調査規模を広げることになりました。2017年2月〜3月にかけて神奈川県川崎市中原区の新70代、80代の皆様、そして東京都渋谷区の皆様にも調査へご協力をいただき、現在、1400名の方々にご参加いただく大規模調査へ成長いたしました。

本調査は世界的にみても貴重な調査であり、私たちは皆様からいただいたご意見、データをもとに現在、鋭意、解析を進めています。物理的な地域環境(ハード面)と、地域での社会活動や身近な方々との交流(ソフト面)、および地域に対する意識が、心身の健康や幸福感に与える影響のメカニズムが明らかになりました。これは超高齢社会でのまちづくり、地域づくりにも繋げていかれる成果です。幸い、日本老年学会(日本の主要な老年学関係の8学会の集まり)、日本老年社会科学会において、重要な研究成果として表彰を受けました。また、今夏、サンフランシスコで開催された国際老年学・老年医学会でも、注目いただきました。皆様にご協力いただいた調査データの分析結果は、今後、よりいっそう積極的に国内外の学会等を通じて発表し、学術界だけではなく、地方行政、国政に向けても情報発信させていただきます。

第3号では、認知機能の維持に関する成果をご報告します。70代、80代になっても「新しいことへ挑戦すること」の意欲と態度が、高い認知機能の維持に繋がることをご紹介いたします。また、毎日の生活の中で、ちょっとした「幸せ」なひと時を過ごすことが、心身の健康の維持に大切であることもご紹介いたします。ご高覧いただけますと幸いです。

本調査は来年度、最終回となる第3回アンケート調査を予定しています。また、今秋10月から11月にかけて、一部の方へは慶應義塾大学日吉キャンパスで行うインタビュー調査のご案内文をお送りさせていただきます。引き続きご協力をいただけると幸いに存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

末筆になりますが、皆様のご健康とご多幸を祈念しております。

新しいことへ挑戦する意欲と認知機能との関係性

私たちの研究グループは「心理学」を中心とした研究を行っています。心理学の研究では、人間に関わるさまざまな現象が対象に含まれますが、「五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、臭覚)」と呼ばれる感覚機能も心理学の一つのテーマとして研究がなされています。

五感を通じて私たちはいろいろなことを感じ、考えることができますが、五感以外の感覚として私たちは「時間」を感じることができ、過去、現在、未来について考えることができます。

これまで、心理学では時間に対する感じ方について、多くの研究がなされてきました。高齢の方を対象とした研究では、「未来」に対する感じ方が幸福感に関係することが注目されています。例えば、人生(未来)には限りがあるということを強く意識するようになると、毎日の暮らしを価値あるように過ごしたいと思うようになり、幸福感が高まると報告されています。

K2スタディでは、このような未来に対する感じ方と認知機能(記憶能力や計算能力等を含む総合的な知的能力)との関係を検討することにしました。近年、健康に長生きするために何をすれば良いか、多くの研究報告がなされるようになりましたが、健康に良いことを生活に取り入れるには、将来への活力や意気込みが必要ではないかと考えました。

ここでは「何歳まで、新しいことへ挑戦できると思いますか」という質問に対する回答結果と、認知機能との関連性についてご紹介します。

写真:石岡良子(慶應義塾大学)

まず、新しいことへ挑戦できる年齢の回答結果は、下図の通りでした。

図:「何歳まで、新しいことへ挑戦できると思いますか」に対する回答を、全体、85歳以上、80~84歳、74~79歳別に表示

全体の結果より、ご自身の年齢より低い年齢を回答される方、ご自身の年齢と同じくらいの年齢を回答される方、ご自身の年齢よりも高い年齢を回答される方など、様々な回答がありました。そして、年齢区分別に結果をみると、80歳の方が85歳と回答されるように、ご自身の年齢より数年先の年齢を回答される方が多いことがわかりました。

一方で、96歳~110歳と回答される方や「死ぬまで」と回答される方もいらっしゃいました。100歳前後という高い年齢まで、新しいことへ挑戦する意欲をお持ちの方がいらっしゃることがわかりました。

さらに「新しいことへ挑戦できる年齢」と認知機能との関連性を調べると、「新しいことへ挑戦できる」と回答した年齢が高い方ほど、認知機能の得点が高い傾向が見られました。「新しいことへ挑戦」するという未来への意欲が、日々の生活に影響し、認知機能を維持するような行動パターン(生活スタイル)を引き起こしているのではないかと考えられます。

「新しいことを始めたい」「新しい人に出会いたい」「何かを始めたい」といった未来への意欲をお持ちの方が、実際にどのようなことを日々されているのか、どうしてそのような未来への意欲をお持ちであるのか、どのような方が未来への意欲をお持ちであるのか、引き続き研究していきたいと考えています。

今後の課題 ~「何歳まで○○できると思いますか」という質問について~

今回、このような結果をご報告することができましたが、問題点もあります。
お答いただいた方の中には「回答しづらい」というご意見もいただきました。今後は、より回答していただきやすいよう、質問や回答の仕方を改善したいと考えています。

(石岡良子)

毎日に、ちょっとした楽しいひと時を。

みなさんは、暮らしの中でどんな時にうれしいと感じたり、ホッとしたりしますか。誰かと一緒の時に感じますか、それともおひとりの時でしょうか。

近年、楽しい、うれしい、ホッとする、などの「良い気分」を感じることが、わたしたちの体と心の健康に与える効果が注目されています。

K2スタディでは、身近な人とのおつきあいに楽しさを感じているかを、①家族や親戚、②友人、③ご近所の人、のそれぞれについてうかがいました。

写真:菅原育子(東京大学)

結果では、約半数の方が家族や親戚、友人と、楽しい時間をすごす関係であると回答しました。また、ご近所にそのようなお付き合いがある方は3割弱でした(下のグラフをご覧ください)。

グラフ:家族や親戚、友人、近所の人のそれぞれについて、「一緒に楽しい時間をすごす」関係があるかを示すグラフ

さらに、「一緒に楽しい時間を過ごす」関係がある人ほど、生活に張りを感じ、心身ともに健康であるという関連がみられました。特に、家族や親戚、またはご近所に楽しい時間を一緒に過ごしてくれるおつきあいがある人は、心身の健康度が高い傾向が見られました。

身近な誰かと一緒に笑顔になれる瞬間があることは、毎日の暮らしを朗らかなものにしてくれます。ちょっとしたおしゃべりや食事を楽しむ、好きなテレビを一緒に見て笑う、趣味の話をする、些細なことであっても、気晴らしになるような時間を持つことは、生きる張りになるようです。

みなさんにとっての、笑顔の源はなんでしょうか?

(菅原育子)