「慶應−川崎エイジング・スタディ」研究代表
慶應義塾大学教授 高山 緑
秋空が高く澄み渡り、秋の訪れを感じる季節となりました。皆様におかれましては、益々ご壮健のこととお喜び申し上げます。
本日は、慶應−川崎エイジング・スタディ(The Keio-Kawasaki Aging Study)のニュースレター「K2スタディだより」第10号をお届けいたします。
新型コロナウイルス感染症は収束してはいませんが、社会の様々な活動や日常生活はコロナ前に戻ってきました。今号では、世界的な感染症の流行を経験した3年半の期間、私たちはどのように工夫して暮らしてきたのかを振り返り、ストレスと対処(コーピング)という視点から捉え直してみたいと思います。そして、そこから未来に向けて、私たちが生活の中で活かせる知恵を考えていきたいと思います。菅原先生、石岡先生のコラムや、私たちの研究活動の近況報告もあります。ぜひ最後までお楽しみください。
末筆になりますが、皆様と、皆様の大切な方々のご健康とご多幸を心より祈念しております。
「コロナ下の生活」を振り返り、未来に活かす
新型コロナウイルス感染症(以下、コロナと省略します)が出現した2019年末から数えて、3年半が経過しました。感染症が世界中に急激に広まった当初を覚えていらっしゃいますか。当時「不要不急」という言葉を多く耳にしましたが、この「不要不急」という言葉がNHKのニュースに最初に登場したのは2020年1月23日のことで、その後3月にかけて急速に広まったそうです(NHK奈良放送局, 2022年1月18日の記事1)より)。さまざまな経験を経て、ようやく私たちの生活の大半は、コロナ下前の様相を取り戻してきました。
今回のK2スタディだよりでは、コロナ下の初期の生活をあらためて振り返ります。私たちはどのような生活の変化や感情を経験したのでしょうか。その経験から、どのような発見や学びを得ることが出来るでしょうか。
今号では、社会的な活動がコロナ下でどのように変化したかについての研究紹介(「社会的な活動の変化」)、2020年秋にK2スタディ参加の皆さまが、実際にどのような変化を経験しそれに対処したかをまとめた「2020年のお便りからコロナ下を振り返って」、そして、コロナの経験を「ストレス理論」という心理学の知識に基づいてまとめた「ストレッサーとストレス反応」の3つの話題をご紹介します。
1) NHK奈良放送局 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220118/k10013430381000.html
社会的な活動の変化
趣味・地域活動や、離れて暮らす家族らとの交流が影響を受けた
菅原らが、千葉県のとある地域(以下から、A地区と呼びます)で2020年夏に実施したアンケート調査(回答数702票)の結果をご紹介します。調査では「新型コロナウイルス感染症の影響で、生活に変化はありましたか?」と質問しました。
まず、60歳以上の516人の結果は以下の図のとおりでした。多くの人が何らかの変化を経験しており、中でも「趣味活動や社会活動」「離れて暮らす家族・親せきとの交流」が制限されたと回答した人が6割前後と多くみられました。
一方で、同じ調査に回答した60歳未満の方々の回答では、「仕事に出られなくなった」「子どもの学校が自宅待機になった」「仕事や子どものお稽古ごとがオンライン(インターネット技術を介して行われること)になった」等が多くみられました。
いずれも、外出を伴う活動を活発に行っていた人ほど「不要不急の活動の自粛」「社会活動の自粛」の影響を受けました。
これを読んでいる皆さんのなかにも、振り返るとさまざまな制限を経験された方は多いのではないでしょうか。
変化に対して、どのように対応したか
次に、地域活動やインターネットを用いた活動などを行っている59歳から79歳の方10名に2021年3月に実施したインタビュー調査の結果をご紹介します。このインタビューでは、主に活動の「制限」「自粛」にどのように対応したかを質問しました。その結果からは、主に3種類の回答がありました。
- 1.いずれは元に戻るだろうからと思って、しばらく活動をがまんした
- 2.遠くへ外出する活動はあきらめて、家の中でひとりでも出来る活動や、近所の方との交流を中心にする生活に切り替えた
- 3.同じような活動を、オンラインで出来るか試してみた
2の「家の中でひとりでも出来る活動に切り替えた」方のお話から
友だちと一緒に手芸をするのが趣味だったが、集まれなくなったので、自宅でひとり、お気に入りの布を使ったマスクを縫って友だちに配った。すると好評だったので、友だちにも型紙を配って、それぞれで自作マスクを楽しむことにつながった。
3の「同じような交流をオンラインで出来るか試してみた」方のお話から
美術館巡りが趣味だったが、出歩けなくなった。そこで調べたら、パソコンを使ってオンラインで美術作品を鑑賞し、先生の解説をきくこともできることを知った。自宅にいながら美術作品を鑑賞し、学ぶようになった。
また、新しいことを試してみたけれどうまくいかなかった、自分には向かなかった、という経験を経て、1の「しばらくがまんする」という判断をされた経験についても、少なからずの方がお話されていました。
自分の暮らしや好みにあった活動を柔軟に選ぶ
いずれの方も、当初は戸惑うことも多かったようですが、「自分にあった活動を、個人で行うもの、対面で行うもの、インターネット上で活動するものなどから柔軟に選ぶ」ことを上手に行っているようすが明らかになりました。
いろいろと試してみて、合わなければやめればいい、自分が心地よく続けられるものを続ければよい、という考え方で、気負わずに挑戦していらっしゃる姿が印象的でした。
(菅原 育子)
2020年のお便りからコロナ下を振り返って
2020年は私たちにとって特別な年でした。コロナウイルス感染症が全国に拡大し、大きな変化に見舞われました。同年秋、皆さまに日常への思いや生活の工夫についてお尋ねし、71通のお便りが寄せられました。いただいたお便りからは、未知の状況下でも前向きに暮らす皆さまの様子がうかがえ、私たちの励みともなりました。あれから3年が過ぎましたが、当時のお便りをもとに、あらためてコロナ下を振り返ります。過去の経験を思い出すことで、自分自身の理解を深め、今後に活かすきっかけになればと思います。
コロナによる日常生活への影響
コロナの影響は「生活面」「身体面」「心理面」の3つに及びました。
1.生活面
コロナ拡大にともない、私たちは日常生活に大きな変化を迎えました。特に、3密を避ける必要から、行動範囲や日常の活動量に変化が生じました。たとえば、公共交通機関の利用を控え、教室や集まりを一時的に休止することが求められました。これにより、遠出することができなくなり、自宅近くでの活動が増えました。さらに、飲食店の休業や制限により、外食が難しくなりました。このように、感染症対策をしながら、日常生活を続ける方法を模索しました。
2.身体面
コロナ拡大にともない、私たちは日常生活に大きな変化を迎えました。特に、3密を避ける必要から、行動範囲や日常の活動量に変化が生じました。たとえば、公共交通機関の利用を控え、教室や集まりを一時的に休止することが求められました。これにより、遠出することができなくなり、自宅近くでの活動が増えました。さらに、飲食店の休業や制限により、外食が難しくなりました。このように、感染症対策をしながら、日常生活を続ける方法を模索しました。
3.心理面
コロナ拡大により、日常生活の不便さや制約に直面し、それが戸惑いや警戒、ときには怒りといったネガティブな感情を引き起こしました。 また、友人や家族との交流が制限され、不安や孤立感も広がりました。一方で、コロナ下を生き抜くため、自分や家族の健康を守りたいという気持ちが強まり、健康意識の強化もみられました。生活改善や健康への意識の高まりにより、制限がある中でも、運動や栄養など健康的な生活について考えるきっかけにもなりました。
対処のしかた
日常生活へのこれら3つの影響に対して、さまざまな対処がありました。たとえば、一人暮らしの方で、全体的な活動量の低下により、体調を崩さないようにしたいとの思いから、新しい活動を取り入れたり、病気や痛みがある中でも、努力を続けたりしました。また、野菜や魚の摂取量や、買い物・掃除の頻度など、具体的な目標を定めたり、自分の価値観や信念に基づいて、生活様式を選択する方々もいました。
これらの対処方法を大別すると「行動による対処」と「考え方による対処」の2つがありました。
行動による対処
- 感染予防の行動:具体的な予防策を計画し実行する。関連する情報を収集する。
- 健康行動の継続:運動や体操を続ける。栄養バランスに気をつける。
- 生活リズムの維持:規則正しい生活、人との交流や余暇活動の維持を心がける。
- オンライン交流:スマートフォンやパソコンを通じて、家族や友だちと会話する。
考え方による対処
- 楽しいことをみつける:気持ちをなごませ、楽しめるものを見つける。
- ポジティブな考え方をする:明るく、笑顔で過ごす。心理的に負けないようにする。
お便りを送ってくださった方の多くの方が、生活の変化に絶望するのではなく、新しい状況に応じながら、生活や考え方を調整する姿勢を示していらっしゃいました。特に皆さまが共通して大切にされていたことを下記の3つにまとめました。ぜひ、ご家族やご友人と話し合ってみてください。
(石岡 良子)
「コロナ」をストレス理論から理解する ─ストレッサーとストレス反応
私たちは日々の暮らしの中で、いろんな困りごとや大変な出来事に遭遇します。そんな困りごとを私たちは上手に片付け、大変なことにうまく対処していきます。しかし時には、それらがストレスとなり、心や体に影響を与えます。専門的には、ストレスの原因となる困りごとを「ストレッサー」、こころや体にでた影響を「ストレス反応」と言います。コロナは多くの人にとって、衝撃の強いストレッサーとなりました。
私たちが体験した、コロナという大きな出来事が引き起こすストレスについて、3つのキーワード「ストレッサー」「ストレス反応」「対処」を使ってお話します。
1)ストレッサー
第1のキーワードはストレッサーです。ストレッサーとは、私たちが感じるストレスの「原因」となるものです。コロナの場合、感染することへの不安だけでなく、不要不急の外出の制限、行動の自粛、家族や親しい友人と会えなくなることなど多くのストレッサーを生み出しました。
ところで、どんな出来事がストレッサーになるかは人によって異なります。しかし、衝撃の強いストレッサーには3つの特徴があります。第1に、自分でコントロールすることが難しいこと、第2に、これからどのような事態が起こるか予測が難しいこと、第3に、いつまで続くかわからないこと。大変なストレッサーでも、自分でコントロールできたり、今後の推移が予測できたり、いつ終わるかわかれば、あまり大きなストレスを感じないで、私たちはその物事に向き合うことができます。しかしそうでない時、私たちは強いストレスを感じます。コロナはまさにこの3つの特徴を全て備えた、「災害」級になりうるストレッサーでした。
2)ストレス反応
ストレス反応とは、ストレッサーによって私たちの心や体が示す「反応」のことです。どんな反応が強く出るかは、人によって異なります。概して、心の反応としては、心配や不安を感じる、気分が落ち込む、やる気が低下する、集中力が落ちる、わけもなくイライラしやすくなったりします。一方、体の反応としては、眠れない、食欲がなくなる、逆に食べ過ぎる、頭が痛くなったり、肩がこったり、倦怠感が生じたりします。ストレス反応が出てきたら、それを放置せずに、上手に対処することが大切になります。
3)対処
対処とは、ストレス状況や困ったことに「どう向き合うか」、その方法のことです。コーピングとも言います。私たちはストレッサーに対して無防備にさらされるのではなく、上手に向き合うためのさまざまな工夫をします。
色々な解決方法を考えて実行してみる―問題焦点型の対処
ストレッサーに向き合う第1の方法は、目の前のストレッサー、すなわち「問題」を解決するために、良いと思われる方法を色々考えて、試してみることです。これを問題焦点型の対処と呼びます。今までやっていたことができなくなった時、活動内容を変更してみたり、活動のやり方を変えてみたりすることがあります。また、新しい技術を学んで取り入れてみたり、目標を変更することもありますね。これらは全て問題焦点型の対処です。
コロナ下で感染予防のために、「関連する情報を集めた」り、外出ができなくなった時に「家の中で一人でできる活動に切り替えた」り、「同じような交流をオンラインでできるか、おためしした」りしたのは、まさに問題焦点型の対処の実践です。
ネガティブな気持ちを整える―情動焦点型の対処
一方、ストレス状況に伴って体験するネガティブな情動や感情を改善するための対処もあります。これを情動焦点型の対処と呼びます。体を動かして、気分をリフレッシュさせる、電話やビデオ通話で友人や家族とお話する、楽観的・前向きに考えてみる、心配するのをやめてみる、お風呂に入ったり、瞑想したりしてリラックスするように心がける、これらは全て情動焦点型の対処です。「楽しいことを見つけ」てみたり、「なんとかなる」と前向きに受け止めるのは、まさに情動焦点型の対処ですね。
専門家たちは、コロナは大災害のような強いインパクトのあるストレッサーで、長く心や体に影響を与える可能性があると指摘しています。しかしこのニュースレターをご覧くださっている多くの皆さまはコロナ下でも心健やかにお過ごしされていました。これは皆さまが多様な対処を実践し、新しい対処も柔軟に取り入れていたからではないかと思います。
コロナは私たちに多くのストレッサーをもたらました。一方で、自分のストレス反応を理解し、適切な対処法を見つけることで、この難しい時期を乗り越えられることも体験しました。私たちの暮らしの中で、全てのストレッサーを無くすことはできません。でも上手にストレッサーに向き合い、ストレッサーを味方につけることはできます。これからも想定しなかった出来事が起こるかもしれませんが、過度に恐れず、前向きな気持ちで柔軟にストレスと付き合っていかれたら良いですね。
(高山 緑)
コラム:「お祭り」にまつわる菅原、石岡の近況報告
竿灯(かんとう)まつり(秋田県秋田市)
私の出身地である秋田県秋田市の自慢の祭りは「竿灯まつり」です。今年は祭り自体には参加できませんでしたが、夏に帰省した際に「秋田市民俗芸能伝承館」に行き、竿灯まつりの技の実演を鑑賞しました。重さ30キロから50キロ、高さ10メートル以上もある竿灯を軽々と持ち上げる技は、何度見ても心が躍ります。
皆さまには、お気に入りや思い出のお祭りはありますか。
(菅原 育子)
インドのお祭り
インドには年中さまざまなお祭りがあります。とくに、全国的に開催される「ディワーリー(秋)」と「ホーリー(春)」が有名です。ディワーリーは光のお祭り、ホーリーは色のお祭りです。ディワーリーでは、油に綿の芯をひたすランプをたくさん飾り、悪霊を追い払います。また、日本のお歳暮のように、親せきや友だちの間で贈り物を交換して、一緒に過ごします。
(石岡 良子 インド在)
学会報告:
K2スタディは今年も学会発表を行いました。日本発達心理学会大会ではシンポジウムを開催しました。
また、横浜で開催れた国際学会(国際老年学会・アジア・オセアニア大会)では、石岡先生の発表が優れた研究発表(The Outstanding Poster Presentation Award)として表彰されました。
本発表では、人生後半の活動は、20代の読書経験や人付き合いの経験が関係することを報告しています。