The Keio-Kawasaki Aging Study

K2スタディ vol.5

令和元年9月吉日
「慶應−川崎エイジング・スタディ」研究代表
慶應義塾大学教授 高山 緑

爽秋の候、皆様におかれましてはますますご健勝のほどお喜び申し上げます。

慶應−川崎エイジング・スタディ(The Keio-Kawasaki Aging Study;K2スタディ)のニュースレター「K2スタディだより」第5号をお届けいたします。

本研究は、すべての人が健やかに安心して暮らせる地域社会を創出することを目指して、2015年早春にスタートいたしました。昨年は2017年1−2月に初めて調査にご協力いただいた川崎市中原区在住の皆様に対して、2回目の調査を実施させていただきました。ご協力いただきましたことにあらためて心よりお礼申し上げます。皆様のご理解とご協力のおかげで、本研究は世界的にみても貴重な調査へ成長しています。現在、私たちは鋭意、データ解析を進め、国内・外での学会発表や論文発表などを通じて、超高齢社会に資する結果を発信しています。

「K2スタディだより」では、毎号、研究から得られた知見を紹介させていただいています。本号(第5号)では、2018年に実施した調査の結果をもとに、「心の健康」を保つために大切なことを紹介いたします。また、2016年、2017年の調査をもとに、「前向きに生きる」ことの意味や意義についてご報告いたします。

本研究では、地域環境と幸福感との関わりも主要なテーマのひとつとして取り上げ、お住まいの地域環境や人とのつながりが幸福感と心身の健康に与える影響について検証を進めています。その研究成果の一部は、本年3月神奈川県川崎市の新しい施策『これからのコミュニティ施策の基本的考え方』の策定に際し、基本方針の策定に盛り込まれました。こちらについては本号のコラム欄で紹介させていただきます。

K2スタディでは現在、新しい調査を計画しています。今回、案内文を同封させていただきました。10月以降、あらためて新しい調査の詳しい紹介文をお送りさせていただきます。もしご関心をお持ちいただけましたら、ご参加いただけますと幸いです。

これからもニュースレターを通じて、皆様にご協力いただいた調査から得られた成果や、高齢社会に関連するニュースのご紹介などをさせていただきたく存じます。ご愛読いただけますと幸いです。

末筆になりますが、皆様のご健康とご多幸を祈念しております。

心の健康を保つには?

健康には「体の健康」と「心の健康」の2つの側面があります。年齢を重ねると、体の機能が低下し、病気になりやすくなります。一方、心の健康はどうでしょうか?さまざまな研究から、高齢の方の多くは、心の健康を保っていることがわかってきました。体が以前のように動かなくなったり、病気が増えたりしても、前向きな気持ちで日々を過ごせることは、本人や家族にとって大事なことです。それでは、心の健康を保つために、どのようなことをすると良いのでしょうか?

ここでは、K2スタディの分析結果から、3つの方法をご紹介します。分析には、2018年の秋に行った調査にご参加いただいた193名のデータを用いました。

1つめは、「外出して、文化や芸術、歴史を楽しむ」ことです(下の図)。健康状態にかかわらず、「外出して、文化や芸術、歴史を楽しんでいる」方が、心の健康が高いと示されました。また、「あまり健康でない、または、まったく健康でない」方では、「自宅で、文化や芸術、歴史を楽しむ」ことも、心の健康と関係がありました。外出はもちろんですが、ご自宅でも、地域の歴史や自然、音楽やお芝居を楽しむことは、明るい気分や前向きな意欲をもたらすと考えられます。

心の健康度:健康状態に関わらず、差がある

2つめは、「新しいことを調べたり、学んだりする」ことです(下の図)。特に、健康状態が良くない方で、この行動が心の健康とより強く関係している可能性が示されました。外出する回数が減ってきた方でも、関心のあることや、テレビ番組や新聞で知ったことなどを、自分なりに考えたり好奇心をもって調べたりすることは、新しい気づきにつながり、心の健康を保ちやすくなると考えられます。

心の健康度:健康でない人で差が大きい

3つめは、「好きな食べ物や美味しい食べ物を楽しむ」ことです。毎日の食事に、自分の好きなものや季節の食べ物を取り入れるなど、食生活を楽しむ工夫も、心の健康に関係しているようです。今回の調査では、半分以上の方が「好きな食べ物や美味しい食べ物を楽しんでいる」と回答されていました。多くの方が、食事を通じて、楽しい時間を過ごされているようです。

体力や体の機能が低下しないよう、体を動かすことももちろん大事なことですが、体の状態に応じて、生活を楽しむことが心の健康を保つことに関係しているようです。

(石岡良子)

前向きに生きる

私たちは、幸せを感じ安心して暮らしたいと願っています。そして全ての人が幸せを感じられる社会の実現を願っています。しかし、「幸せ」や「安心」を感じるしくみは非常に複雑で、他人から見たら多くの困難を抱えているようでも、本人は高い幸福感を感じている場合もあれば、全てが満たされているように見えても不安や喪失感を抱えて生きている場合もあります。K2スタディでは、私たちが「幸せ」や「安心」を感じるしくみを明らかにすることを目指して取り組んできました。

ところで、「幸せ」や「満足感」に関する研究で近年注目されているのが、「人生の意味や意義を感じられるこころ」の重要性です。人間は、単にその場で幸せだ、楽しい、と感じるだけでなく、たとえ難しい課題や困難が目の前にあっても、それに向かっていくことで深い喜びを感じることができるようです。そして、そのような豊かな人生経験の積み重ねが、自分らしく生きることを良しとし、前向きに生きていく自信につながっていると考えられています。

K2スタディでは、2016年から2017年の調査で「人生の意味や意義を感じる」傾向について質問をし、ご自分がどの程度当てはまるかを答えていただきました。今回は、この質問に回答した1,055名について分析した結果をご報告します。

「人生の意味や意義を感じる」程度には、性別や年齢による差は見られませんでした。一方で、ご家族や親せき、友人などの身近な人から「自分の良いところを認めてもらっている」と感じている人ほど、また自分が身近な人をサポートしている(悩みを聞いたり日常の手伝いをしてあげている)人ほど、自分の人生に意味や意義を感じていました(下の図(上))。また、日頃スポーツ・趣味・学習活動に参加したり、ボランティア活動など社会を良くする活動に取り組んでいる人ほど、自分の人生に意味や意義を感じていることも明らかになりました(下の図(下))。

「人生の意味や意義を感じる」程度:家族に自分を認められていると感じる人、家族をサポートしている人は「人生の意味を感じる」程度が高い
「人生の意味や意義を感じる」程度:スポーツ・趣味・学習活動に参加している人、ボランティアに参加している人は「人生の意味を感じる」程度が高い

これらの結果から、自分の良いところを認めてくれる身近な人に囲まれている人、周りの人を手助けしたり、自分が興味のあることに前向きに取り組んでいる人ほど、自分の人生に意味や意義を感じ、尊厳を持って日々を過ごすことができていると考えられます。それは、常に好奇心を持って生きるということであるかもしれません。今後さらに、前向きに生きる姿勢が人生の中でどのように育まれてきたのか、また年齢を重ねていく中で「人生の意味や意義を感じて生きる」ということがどのような意味を持つのか、調べていきたいと考えています。

(菅原育子)

コラム:学術から施策へ

近年、国連や経済協力開発機構(OECD)などの国際機関において、ひとびとの幸福感の全体像を描き出そうとする取り組みがなされています。また、世界保健機構(WHO)では、幸福で健康な生活に与える環境の重要性を指摘し、よりよい地域社会づくりへの取り組み(エイジフレンドリーシティ)が進められています。K2スタディ(川崎市・渋谷区で実施)を実施している川崎市では、少子高齢化や人口減少など、今後予想される社会環境の変化を見据えて、市民一人ひとりが多様なつながりをつくり、自分らしく幸せに暮らせる地域社会の実現を目指して、コミュニティに対する新しい施策への取り組みが進んでいます。

K2スタディでは、WHOのエイジフレンドリーシティの視点も取り入れながら、多様な地域環境要因とともに、市民が地域コミュニティに対して抱く地域への愛着や地域の一員であるという意識(コミュニティ感覚と呼びます)にも着目し、それらが幸福感や健康に与える影響について解析を進めています。分析をしていく中で、公共の施設の使い易さや、移動のし易さといったハード面だけでなく、地域で利用しやすい公共・福祉サービスの充実や、文化的・リクリエーション的プログラムが多様になるなどソフト面の充実が、地域住民の健康や、幸福感、そして認知機能にも良好な影響を与えることがわかってきました。これは行政や地域住民が、よりよい地域環境になるために取り組むことで、私達の健康や幸福感を高めたり、豊かにしたりすることが可能であることを示しています。

川崎市では2019年3月、今後の地域コミュニティへの施策として『これからのコミュニティ施策の基本的考え方』を取りまとめました。この新しい施策の策定に際し、K2スタディの研究成果の一部が盛り込まれています。

(高山 緑)

『これからのコミュニティ施策の基本的考え方』(川崎市)の冊子表紙
『これからのコミュニティ施策の基本的考え方』のパンフレット、概要版、冊子は下記URL及びQRコードからご覧いただけます。K2スタディは冊子に記載されています。
http://www.city.kawasaki.jp/shisei/category/38-1-16-1-6-0-0-0-0-0.html

編集担当:石岡良子(いしおかよしこ) 電話:045-566-1862

慶應義塾大学大学院理工学研究科
博士課程教育リーディングプログラム「超成熟社会発展のサイエンス」特任講師
〒223-8522 神奈川県横浜市港北区日吉 3-14-1 (矢上キャンパス)
※平日 9時半~17時 不在にしている場合がございますのでご了承ください。
恐れ入りますが、不在の場合は、留守番電話にご用件とお名前、ご連絡先をお話しください。 折り返しお電話いたします。