はじめに―この文章の目的
オンラインでの授業実施とともに、視覚障害学生に対して、期末考査や授業内テストなどの学習評価をどのように実施するかが問題となります。授業支援システム(LMS)や会議システムへの学生・教員の不慣れ、不正防止の観点からこれまでの定期考査で実施していた厳正なテストを取りやめ、課題等で評価する対応も多いでしょう。他方で、LMSの中には本格的なテストの実施機能を盛り込んだ製品も存在するようです。これらを活用するなどして、従来の定期考査に準じた方法での評定を試みる場合もあるかもしれません。ここでは、こうした従来の定期考査に準じたテストをオンラインで行い成績判定を試みる場合に、視覚障害学生への対応として考慮すべき点について説明します。
考え方の原則
まず第一に、その授業の目的の確認が肝要です。これは、シラバスでいえば、「授業の目的」、「授業の到達目標」などと称される項目に相当するものです。視覚障害学生の成績評定方法の決定は、これらを確認した上で、当人の達成度を評価する上で妥当なものを探索するという作業となります。重要なのは到達度の測定であり、他の学生との比較は必ずしも必要ありません。そのため、競争試験で用いられる公平性に着目した配慮の原則を過度に意識する必要はありません。たとえば、一般学生に対しては定期考査に準じたテストをオンラインで行いつつも、視覚障害学生に対しては本人の状況を踏まえてレポート課題等での評定を行うことを躊躇する必要はないでしょう。
また、個別の授業の方針にとどまらず、カリキュラムポリシーやディプロマポリシーを参照することもゆうこうかもしれません。こうした基本を確認することは、学生から成績への疑義が提出された際の説明責任の観点からも肝要です。
実施上の個別論点
- 解答負担を考慮した対応
視覚障害学生に対して、オンラインシステムを用いてテストを実施する場合は、予め出題に用いる環境を学生に示し、それが本人のコンピュータ環境で使用可能かどうかをしっかり確認してください。健常者向けに作られたオンラインシステムを視覚障害者が利用する以上、どれだけ配慮を行ったとしても健常者と比較すれば非効率となるのは不可避と考えなくてはいけません。この点を考慮して、厳正なテストを行う場合には、試験時間の延長や出題の厳選のような対応をしてください。他方で、十分な裏付けなしに回答の不便をおもんばかって一律の加点をするような対応は、論拠が不明確で推奨されません。
- 出題に用いる電子データの形式
オンラインでのテスト問題などの書類の配布に際しては、改変ができないとされていることや、編集上のレイアウトの自由度の高さからPDFがしばしば用いられています。しかし、スクリーンリーダ(画面読み上げソフト)でコンピュータを利用する重度視覚障害者にとっては、自由なレイアウトを用いた表現が意味を持ちません。紙面の再現性に注力するPDFの性質は、構造化された表現とは異質な部分も多く、スクリーンリーダを用いた閲覧には不向きです。むしろ、ワード形式のデータやテキストデータの方が効率的に閲覧可能です。特に時間制限のある課題では、閲覧効率への配慮が望まれることに留意して出題に用いる電子データの形式を決めてください。
評価方法の決定プロセス
シラバスに記載された「評価方法・基準」とは異なる方法で評価を行うことになる点に注意してください。そのため、できるだけ早い段階で本人に適用する評価方法について示してください。その際、一般学生の評価方法を併せて示し、本人の同意を得てください。もし、本人から適用する評価方法に難色が示された場合には、本人に自分が学習成果を示しやすい評価方法を尋ねてください。その方法が、前段に示した「考え方の原則」に従うものであれば、採用を積極的に検討してください。成績評定後は、学生一般に認められている成績理由開示・救済請求以外の評価方法それ自体を問題とするような疑義の浮上は望ましくありません。この点からも本人と評価方法について合意に達しておくことは大切です。
本人と評価方法について合意に達しない場合には、学内外の障害者支援の専門家、テストの専門家を交えてお互いに同意可能な評価方法を見つける努力をしてください(建設的対話)。
最後に―原則を堅持した柔軟な対応
授業の到達目標を構成する知識や技能(あるいは関連する思考力・判断力・表現力)を身に着けさせることが授業の目的です。成績評価は、この身に着けられるべきものが身についているかを確認する作業となります。競争選抜が目的ではありません(成績のクラス分けへの利用はあくまで付随的な応用です)。不適切な方法のために身に着けた内容を十分示せないことも、不便をおもんばかって身に着けていないものを身に着けたと見なされてしまうことも、「授業で身に着けるべきものを身につけ、評価でそれを確認する」という趣旨を踏まえるのであればいずれも本人にとっての不幸です。このことを意識して、原則を堅持した柔軟な対応を心がけてください。
ここに示したポイントは、オンラインのテスト実施にとどまらず、定期考査を障害学生に対して実施する際に多く適用できる考え方です。コロナ禍がある程度収束した場合も、引き続き参考としていただけると幸甚です。